山梨県ってどんな県だと思いますか? 風景を頭に思い浮かべてみると、まず富士山、それから八ヶ岳。風光明媚な山々に囲まれ、自然が豊かで、水と空気がきれいで…、そして果てしなく続く広大なくだもの畑。特にぶどう畑が多いような? ああ、そうだ!「ワイン県やまなし」ではないですか! そうそう、山梨県は日本で最初にワインをつくった、日本ワイン発祥の地。ワイナリーの多さも日本一。日照時間が長く、昼夜で寒暖の差が大きいため、ぶどう栽培には大変適した環境なのだそう。でも実際にはワインだけでなく、ビールやウイスキー、日本酒の醸造も行われています。“南アルプス“といえば名水地としてもお馴染み。豊富に流れる清らかな水が、美味しいお酒づくりに適しているんですって。だから山梨県はワイン、日本酒の両方でGI認証を取得しています。実はたぐい稀なる美酒王国なのです!
※GI認証 … 地理的表示保護制度。その地域ならではの自然的、人文的、社会的な要因の中で育まれてきた品質、社会的評価等の特性を有する産品の名称を、地域の知的財産として保護する制度。
そんな山梨県で、県内の新進気鋭なシェフたちがコラボし、美酒美食をテーマにした一日限りのフードイベントが開催されました。会場は北杜市にある築170年という古民家を改装したレストラン「Terroir 愛と胃袋」。建物の中に入ると、高い天井に立派な木の梁、和の空間なのにどこか無国籍な独特の雰囲気が不思議な居心地よさを醸し出し、早くも期待が高まります。
八ヶ岳エリアで活躍する、和・仏・伊・中の4人のシェフと、山梨県産酒を熟知したひとりのソムリエが集結。地元の素材をふんだんに使い、各シェフがそれぞれの得意分野を全力で生かした料理と、その全てに県産酒をペアリングしたスペシャルなコースを披露。こんな最高のコラボレーション、1日限りで終わらせるのは本当に惜しい。惜し過ぎる。せめてここに書き留めておくことにします。全て山梨県産、珠玉の食材ばかりなので、知識として覚えておいても損なし。山梨県とはこんなにも豊かな食と酒に恵まれていたのか! と驚愕の連続でした。まるで夢幻のようなイベントでしたが、各レストランもシェフも全て実在しますので(巻末で詳しく紹介)、ぜひ山梨旅にお役立てください。
美酒美食の饗宴。料理と合わせるお酒を詳しくご紹介
【アミューズ4品】
・紅しぐれ大根の唐揚げ(秀よし)
・汲み出し豆腐 発酵大豆ソース(HUKU笑i)
・生ハムスプレッドのクロスティーニ(Morimoto)
・香茸クロケット(Terroir愛と胃袋)
+八ヶ岳ビール タッチダウン HOKUTO
※カッコ内は料理を行ったレストラン名です。
アミューズはシェフ全員の料理が並びました。初動から歓声が止まらない、見目麗しき口福な一皿。小淵沢の無農薬野菜、紅しぐれ大根は揚げたて熱々をその場でサーブ。Morimotoの生ハムの骨でだしをとって炊いたそうです。汲み出し豆腐のソースは、大豆を豆板醤に10日程漬け込んだ奥深いピリ辛風味。そして山の味覚、香茸の芳しさがもうたまりません!
合わせるのは清里高原にあるブルワリー「八ヶ岳ビール」。八ヶ岳南麓の天然水を使い、雑味のないクリアでモルティなビールづくりを目指しています。「HOKUTO」は、北杜市原産「カイコガネ」100%シングルホップを使用。フレッシュで瑞々しく柔らかな味わいで、料理を邪魔せず下支えするような、優しいビールでした。
【前菜 冷菜】
八ヶ岳生ハム3種盛り <12カ月熟成、24カ月熟成、野生猪肉60カ月熟成>(Morimoto)
+City farm シャルドネ 2022
前菜には生ハムが3種! 12カ月と24カ月で味比べを楽しめるのは、山梨県産のブランド豚「クリスタルポーク」を塩だけで熟成させた完全無添加の生ハムです。さらにジビエの国山梨が誇る、長期熟成のイノシシ! 生ハムのお供として、北杜市産の武川米に桃のビネガーを混ぜた酢飯、津金のりんごの温かいスープ、岩原果樹園の洋梨・ラフランスなどが一緒に添えられています。もうここで早くも満足してしまいそうな一皿。お酒とともに延々と無限ループできそうです。
そして登場したのは白ワイン。City farmは醸造用ぶどう栽培のプロ生産者で、100年後も続けられる持続的農業を目指しています。2022年はいよいよ自社の醸造所も稼働。今回はマルス山梨ワイナリーの委託醸造で、白州地区で育てられたシャルドネを使用。ソムリエ曰く、どこへ出しても好評な優等生ワインだそう。日本の一般的シャルドネと違い、フランスのシャブリのようなすっきり爽やかな飲み心地。繊細で穏やかな旨みの余韻が続く生ハムと良く合います。
【前菜 温菜】
八ヶ岳湧水鱒の真薯 白肌ごぼう煎餅添え(秀よし)
+武の井 純米吟醸 ひとごこち
八ヶ岳の湧水は年間11℃前後で安定しており、健康な鱒(マス)が育つそう。その鱒を上品なしんじょにし、北杜市でとれた香り高く柔らかな白肌ごぼうを素揚げしたものが上にのっています。赤い卵はいくらではなく、鱒の子の醤油漬け。ホクホク、パリパリ、プチプチと様々な食感を楽しめる一品。
ここで日本酒が登場。武の井酒造は創業150年を超える酒蔵。北杜市産の酒米「ひとごこち」を100%使用した、GI認証の日本酒です。お米の甘み旨みがしっかりと出て、後味は滑らかで爽やか。ほんのりビターも感じさせる味わい。白身魚にちょうどよく寄り添い、ゴボウの土っぽさにも馴染みます。
【スープ】
甲州地どりの蒸しスープ(HUKU笑i)
+シャトー・シャルマン セミヨン釜無2000
金華ハムや干し貝柱でだしをとる高級中華スープ・シャンタンを応用し、干しシイタケとMorimotoの生ハムの骨でだしをとり、白州の酒蔵・七賢の仕込水で煮込んだ、力強い味わいのクリアなスープ。コロンと丸い不思議な器もユニークです。
ワインは1919年創業のシャルマンワイン。セミヨンという日本ではちょっと珍しい欧州系のぶどう品種を使い、ワイナリーのセラーで長期間熟成させた2000年ヴィンテージ! 熟成によるとろりとしたコクと落ち着いたまろやかさがあり、印象深い味わいでした。
【魚料理】
陸作信玄えびブイヤべースソース(Terroir愛と胃袋)
+GRACE WINE ロゼ2021
海のない山梨でエビ? と驚きましたが、甲府市内で湯量豊富に湧き出る温泉水を使い、大変難しいといわれるオニテナガエビを稚魚から養殖しているんだそう。そのエビを丸ごと一尾使い、濃厚なミソはブイヤベースのソースに、足はパリパリのフリットに。頭もパウダーにしてルイユ(ニンニク、唐辛子の入ったブイヤベースに欠かせない南仏のソース)に混ぜているとのこと。甘く濃厚なエビの旨みが心地よい余韻で口中に響き渡ります。
合わせるのは世界的にも評価の高いグレイスワイン。山梨のロゼはマスカットベーリーAを使っていることが多いのですが、グレイスではメルローを中心に、カベルネソーヴィニオン、カベルネフラン、プチヴェルドをブレンドした辛口のロゼ。香り豊かでフルーティーな中に複雑なスパイシーさもあり、エビに負けないしっかりボディ。
【飯】
八幡芋の台湾式おこわ(HUKU笑i)
+武の井 純米焼酎 長期樽熟成 八ヶ岳の舞
ここでいよいよご飯が登場! 蒸籠をパッと開けると、またわーっと歓声が上がりました。山梨が誇る伝統野菜、八幡芋のおこわです。キメが細かく繊細な舌触りで粘り強く、風味も豊か。もち米ももちろん北杜市産の新米。もちもちとした食感がたまらなく、食がモリモリ進みます。
このご飯にはなんと米焼酎をペアリング。前出した武の井酒造では、兄が日本酒、弟が焼酎をつくっているのだとか。こちらも7年の熟成もの! アルコール度数35の焼酎に、酒蔵の仕込水を人肌くらいに温めて、3:7の割合で割っています。ご飯の温かさにほどよく寄り添い、香りは控えめにしてご飯を引き立てるような裏方の立ち位置を絶妙に表現。ウイスキーのような奥深さもあって、非常に美味しい焼酎でした。
【肉料理】
ジビエ<鹿、猪、野鳥>のトゥルト (Terroir愛と胃袋)
+アケノヴェニュス カベルネ・ソーヴィニオン2020
山梨にジビエは欠かせません。県内でとれた鹿は「やまなしジビエ」という認証制度を設け、品質管理を徹底しています。このパイ包み焼きは、真ん中に鴨肉、その回りを鹿と猪をミンチにして包み、ちりめんキャベツで巻いています。根セロリとビーツのピューレを添え、フランボワーズビネガーを隠し味に加えたフォンドボーベースの赤ワインソースをかけていただきます。
ドメーヌ・ド・ラ・アケノ・ヴェニュスは、日本一日照時間が長いという北杜市明野町にある小さなヴィンヤード。ぶどうの栽培から始まり、2018年に醸造免許を取得しました。このワインはフレンチオーク樽で7カ月熟成。ベリーの果実味とほんのりスパイシー感があり、滑らかで柔らかな味わい。ソムリエ曰く、醸造家の柔和な人柄が表れているようなワイン、とのこと。ジビエというと野性味を想像するけれど、山梨のジビエはさざなみのように旨みが優しく押し寄せる繊細な味わいなので、このような穏やかで深みのあるワインがよく合うのです。
【デザート】
柚子プリン 柚子ビール甘露煮(秀よし)
+七賢 山の霞
デザートはさっぱりと柚子尽くし。合わせるお酒と同じ産地の白州で育った柚子を使い、生地には皮を混ぜ込み、果汁をジュレにして、カラメルソースにも果汁を搾って爽やかなソースに仕上げています。柚子皮の甘露煮が良いアクセント。上品な柚子香と程よい苦味酸味がきいた、大人のデザートでした。
そしてデザートにもお酒を合わせてくれる気遣いの嬉しさ。七賢酒造は1750年創業の古い酒蔵。近年はスパークリングに力を入れており、こちらもそのひとつ。世界的な賞を何度も受賞しているお酒です。白州の清らかな水を使い、シャンパーニュと同じ瓶内2次発酵。おりをあえて残したうすにごりです。ほのかな麹の自然な甘みとまろやかな酸味、フルーティーな香りに癒やされます。
【ミニャルディーズ】
どんぐりフィナンシェと柿のゼリー(Terroir愛と胃袋)
+南部町の柚子和紅茶
最後はほっこりとした優しいお菓子に、柚子香る和紅茶を合わせて。めくるめく美酒美食の余韻に浸りながら味わう、最高の美しいフィナーレでした。ごちそうさまでした。
上の写真は今回飲んだお酒です。(仕込水含む)。バラエティに富んだ上質なお酒を楽しめるのも山梨の魅力のひとつ。ソムリエを務めたbooshinoの鈴木忍さんの愛と情熱あるお酒のストーリーが聞いていてとても楽しく、つくり手にもぐっと興味が湧きました。
実は山梨県ではただいま「やまなし美酒めぐり」のスタンプラリーも開催中とのこと(2023年1月31日まで)。県内のレストランや醸造所を訪ね、スタンプを集めると、県産酒とのペアリングが楽しめる「やまなし美酒・美食セット」のプレゼントが抽選で当たります。サイトを覗くとお酒好きならワクワクするような豪華商品でした! これを機会にぜひ山梨のお酒や食事を楽しんでみてください。
レストランとシェフのご紹介は以下です。
鈴木信作(写真真ん中の白い服)
1979年、長野県生まれ。15歳から日本料理店で修業を積んだ後、フレンチへ転向。フレンチ界の鬼才、植木将仁シェフの「レストランJ」ほか数店を経て2011年に独立。東京・三軒茶屋で4年間営業後、 2017年に八ヶ岳で移転開業。 自然のなかの遊びと学びと恵みを料理に生かすことを信条とする。
櫻井秀義(写真右から2番目)
1974年、千葉県柏市生まれ。寿司職人の父の背中を見て和食料理人を志す。 東京白金、南麻布の和食料亭での修業を経て、「リゾナーレ小淵沢」 和食料理長に。北杜市の自然 、水、食材に魅了され、2008年独立開業。全国から送られて来る鮮魚と八ヶ岳野菜と向き合い、日々精進を重ねている
羽田野博司(写真左から2番目)
1976年、大分県生まれ。調理専門学校を卒業後、東京・神奈川の中国料理店などで修業を経て、自然豊かな八ヶ岳南麓で2019年に独立開業。 店名のようにお客様に笑顔になってもらえるおもてなしと化学調味料は使用せず食材の旨味を存分に味わえる中国料理を提供している。
森本慎治(写真右端)
1973年、神奈川県生まれ。 2002年に八ヶ岳に移り住み イタリア料理店を開店。 2009年より豚肉と天然塩だけでつくる完全無添加の生ハムづくりに取り掛かる。生ハムやワインを楽しむ店の意味を持つ「Prosciutteria」を看板とし、生ハム職人とイタリアンのシェフを両立。
鈴木忍(写真左端)
1981年、山梨県生まれ。ホテルの専門学校卒業後、 山梨県内のホテル、都内のミシュラン星付きレストランで修行を積み、2011年にソムリエ資格取得。後に北杜市へUターンし、フリーランスのソムリエとして北杜市内を中心とした飲食店をサポートしながら地域との交流を深め、2022年にワインバー「booshino」をオープン。JR小渕沢駅から徒歩2,3分。
★山梨県のお酒を知る情報サイト
◎取材&文/江澤香織 ◎協力/山梨県庁
記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は取材時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。