春は、引っ越しや新生活が始まる季節です。
山田杏奈さんが出演するファッションストーリーに寄せて、街を離れる前の気持ちや、身の回りにあるものがふと記憶を引き戻す感覚を、詩人・文月悠光さんに綴っていただきました。
何気なく使ってきた服や雑誌、そばにあったものたちが、自分の歩みと重なって見えてくる一編です。

かつての春はもう遠くて、
止まりがちな手が思い出す。
もうすぐこの街を離れるというのに、
わたしはまだここが恋しい。
思いはまとまらないけれど、
懐かしさに古い雑誌をめくれば
あのころ憧れた暮らしに
また少し近づいた気がする。

次の街に呼ばれているのは、
実はわたしだけじゃない。
忘れかけていた紙焼き写真、
柔らかくなったデニムのパンツ、
掌に馴染むマグカップ。
知らずに抱えていたものたちが
ふたたび照らされて 包まれて
わたしの一部として運ばれていく。


すべてがはじめてだった道、
今は迷いなく歩いていける。
この街はわたしの歩みを知っている。
そして、このさきを見つめている。
いつもの街で過ごす最後の一日、
この位置をいつまでも
抱きしめていたい。

Photo / Tamura Masahiro (FREAKS) Styling / Murata Aimi Hair & Make-up / Yamada Daisuke (Cake.)
2026年mina2・3月合併号(2026年1月20日発売)より
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