ユニクロのフリースは軽くて、暖かくて、柔らかい。1994年に発売してから毎シーズン、着心地とデザインのアップデートを繰り返して、ブランドを代表するアイテムになりました。ユニクロの成長とともに進化してきたフリースはエピソードの宝庫。ブランドの代名詞として打ち出していたあのころのことを根掘り葉掘り聞いてみた!

1999年に掲載された新聞の一面広告。予想を上まわる売れ行きによって欠品が相次いだことへのお詫びと、増産中であることを訴求する内容だった。
原宿店の目玉商品として打ち出され、社会現象に

1998年11月に東京・渋谷区の明治通り沿いに誕生したユニクロ原宿店。日本ではアウトドアウェアとして限られたシーン向けに流通していたフリースを、誰もが気軽に着られるカジュアルウェアとして打ち出した最初の都市型店舗です。ワンフロアすべてをフリース売り場にし、壁一面が色鮮やかなフリースで彩られました。

ちなみに、このインパクトのあるアイデアは一般社員によるもの。新店のオープンを盛り上げるための目玉を何にしようかと悩んでいた同社の代表・柳井 正さんに提案して実現しました。結果として、店内は多くの人でごった返し、店の前には長蛇の列が!
50色キャンペーンや172アイテムなど、“数”で世間の注目を集めた

これは2000年に実施された「フリース50色キャンペーン」の新聞広告で、その名のとおり全50色のカラーバリエーションを打ち出して世の中を驚かせました。なかでも人気だったカラーはピンク。テレビCMで松任谷由実さんが着用したのがきっかけで、瞬く間に売れたんだとか。2009年のキャンペーンでは、全172アイテムをラインナップして話題になりました。フリースはインパクトのある数で認知を広げていき、人々の記憶に残る商品へと成長しました。
2000年代にバラエティ豊かな新しいモデルを次々にリリース
デザインや生地に工夫を凝らし、フリースの新しい楽しみ方を提案してきたユニクロ。2000年代には、リバーシブルタイプに始まり、コーデの主役になる柄もの、防風性や保温性が高いモデル、ロング丈など、さまざまなモデルをリリース。フリースはユニクロによって、日本のファッションシーンにますます浸透していきました。

1 2001年、リバーシブルモデルが仲間入り。この時期、手袋やスリッパなど冬小物も大充実。
2.3 2002年、プリントを施したフリースを発売。タイダイやチェックなど、コーデの主役となる総柄が豊富にラインナップ。
4 2004年、宇宙飛行士の船外作業用に開発された生地を採用した、温度調整機能のあるモデルが登場。
5 2008年、ウィメンズ向けのアイテムをリリース。毛足が長くふんわりとしたファーリーフリースが大好評。
6 2009年、さまざまなデザインのフリースアイテムをキャンペーンで打ち出した。ロングコートタイプは表地が滑らかな肌触りで、裏地はふわもこ。
国内外の有名ブランドと次々にコラボ商品を発売

フリースがファッション業界からも注目されるようになったのは、ファンが多いファッションブランドとのコラボレーションも影響しています。そのお相手は日本発のエンジニアドガーメンツやホワイトマウンテニアリングだけでなく、国外のマリメッコ、JWアンダーソンなども。なかには発売直後に即完してしまう人気アイテムもあったそうです。
お財布にも優しくあるために企業努力を惜しまない
フリースの定番、フルジップジャケットは1994年に発売されてから長い間、税抜き1,900円で販売されていました。毎シーズン、時代のニーズに合わせて素材やデザインをアップデートしながらも、生産工場と力を合わせて工夫を凝らし、誰もが手の届く価格設定を貫いてきたアイテムです。
2022年、製造コストの上昇により致し方なく値上げしましたが、今もアウターとしては破格の税込み2,990円! その当時、新聞の一面広告などで値上げの理由を丁寧に説明し、大きな話題を呼びました。フリースは品質だけでなく価格にもこだわって、私たち消費者に届けられています。
Photo/Shida Yuya(product) Edit&Text/Seno Ryuto
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